「特別扱いされちゃうワタシ」になる方法
たぶん、ほとんどの人が「自分だけ特別扱いなんてされたくない。そんな自己中じゃない」って思っていると思います。
私の場合さらにそれに「いえそんな特別扱いされるような人間じゃありませんから・・ごにょごにょ・・・」なんて臆してしまう気持ちもあり・・
でも誰でも、特別扱いされたいわけじゃないけど、自分だけ軽んじられたりあしざまに扱われたりするのは気持ちがへこんできますよねー( ノД`)シクシク…
こんにちは。静岡大人の片付け塾 八木幸子です。
各地で花火大会が中止になっているとか。ちょっと寂しいですねぇ・・。
着物は自分を最上級に格上げする装い
少し前の春の季節にお着物を着て、ある施設を訪れました。
そこはオープンしたばかりで大勢の人で賑わっていて、レストランも満杯。
しばらく待たなければいけなかったのですが、そこでとても丁寧な対応をしてもらえました。
少し席をはずして戻ってきたときも。たぶん着物を着ていたので印象に残っていたのでしょう。
他の人を押しのけて案内してもらったわけではないですが、それでもとても丁寧な対応でした。
こちらのお着物を着ていました。
その後に立ち寄った売店でも、「見て、着物の人がいるよ」と奥の人たちを呼び出していたり。
駐車場でも、係のおじさんに声を掛けられたり。
この日はとてもスペシャルな日だったんです。
私もとても気分よく過ごせたし、周りの方もにこにこと良い感情に包まれていました。
着物を着るという行為は、手間と時間がかかります。(あ、私昔着付けを習ったことはあるんですが着られません(;’∀’)これは友人に着付けてもらいました)
そうした労力をかけているということは、「自分を丁寧に扱っているひと」という風に見なされ、他人からも丁寧に扱ってもらえるのではないかと思うのです。
お茶も昔習っていたけれど、今や作法も忘れてます。先生ごめんなさい<(_ _)>
周りから軽んじられていると思うときには
装いに愛情をかけているかどうかって大事なことだと思います。
流行の服に身を包んだりとか、高級な服を着るとかいうことじゃなく。
くたびれた服は、自分もくたびれて見せてしまいます。
だらしない恰好をしていれば、「だらしない人」と思われます。
しみのついた服、ほつれがある服を着ていたら「それなりの人」に見られます。
相手に非があるのではなくて、すべて自分が発していること。
そうした服を身に着けているっていうのは、自分が自分を大切にしていないっていうこと。
自分を大切にしていない人が、他人から大切にされるわけがありません。
服への向き合い方や扱い方を変えると、他人からの扱われ方も変わってくるでしょう。
ステイホームで、だるだるになった体型とダラダラした装いに片寄りがちな今の私に自戒を込めて今日の記事を書いてみました。
静岡 大人の片付け塾 八木幸子でした。